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平塚所属選手紹介

吉田 輪太郎(ヨシダ リンタロウ)

ニックネーム りんちゃん
級班 A級3班
生年月日 1979年3月23日
血液型 O型
星座 牡羊座
身長 172.0cm
体重 80.0kg
胸囲 106.0cm
太股 63.0cm
背筋力 200.0kg
肺活量 5300cc
脚質
師匠 川越 義朗 (神奈川・61期)
KEIRIN.JP 選手データ

吉田 輪太郎 選手 インタビュー!

さくら:競輪選手を目指したきっかけを教えてください。

吉田選手:祖父も競輪選手だったんですけど、小さい頃から目指していたとかではなく、「フリーターやってるなら目指してみれば?」と母親に勧められたのがきっかけです。

さくら:フリーター時代はどんなお仕事をしていたのでしょうか?

吉田選手:水泳のインストラクターやったり、ロードの実業団にいたこともあるんですけど、選手を目指す直前はもうほとんど野菜の袋詰めくらいしかしてなかったですね(笑)

さくら:そうだったんですね。でもスポーツをやっていたから選手を目指す練習は苦ではなかったですか?

吉田選手:ロードに乗っていた頃から競輪選手みたいに身体は大きかったんですけど、もうほとんどやっていなかったので、大変でした。87期の受験の2か月前に弟子入りして、でも間に合わなくて…。当時は年齢制限があったので88期がラストチャンスだったんですよ。それで師匠にも死にもの狂いで練習見てもらって、それでなんとか。よく怒られました(笑)気持ちが弱いとか、向上心がないとか。

さくら:最後のチャンスだと思うとかなり追い込まれたんでしょうね。

吉田選手:でもそれが良い方に働いたのかもしれません。追い込まれると頑張るタイプなのかも(笑)

さくら:実際に選手になってみてどうでしたか?

吉田選手:うーん、順調ではなかったですね。デビューして1,2年経った頃に初めてA級1,2班戦で優勝できたんですけど、その2場所後に落車して肋骨骨折して、優勝した時乗っていた自転車も壊れて乗れなくなってしまって…。調子が上向いいてくると落車したり病気したりを繰り返してしまって、そういう星の下に生まれたんだと思って気を付けているんですけどね…。

さくら:調子が良くなっているタイミングでというのは心折れますよね。

吉田選手:そうなんです。勝負の世界だからどんなに自分が気を付けていても避けきれないものもあって。そうと分かっていてもやっぱりふてくされちゃうときもありますね。

さくら:そういう時、どうやって立ち直ってきたのですか?

吉田選手:僕はとても周りの人に恵まれているなあと思っていて。調子をまた立て直すときに色んな人からアドバイスもらったり、セッティング見てもらったりしてます。あとは同級生の旭君と釣りに行ったり飲んだりすることも息抜きになっていますね。平塚所属選手の釣り仲間も徐々に増えてるんですよ。

さくら:平塚釣り部!気になります(笑)デビューしてからのこの15年はあっという間でしたか?

吉田選手:あっという間でしたね。

さくら:これからはどんな風に走っていきたいなど考えていますか?

吉田選手:年齢も重ねてきたので、これからも徹底先行で、という意識はないですね。だから今また練習方法やセッティングも研究していています。チャレンジからグレードレースまでいろんなレースを見て、自転車の扱いや乗り方でいいなと思うことはどんどん取り入れてみようと思っています

さくら:何歳まで選手を続けたいと思いますか?

吉田選手:なんだかんだ競輪選手が楽しいので、できるだけ長く、クビにならない限り続けていきたいですね!

 

やさしい笑顔が印象的な吉田選手ですが、デビューして15年、挫けそうになりながらも再起を繰り返してきました。そしてまたここから成長していこうと努力する姿に心打たれます。そんな吉田選手の応援をどうぞよろしくお願いします!

 

インタビュアー:木三原さくら

節目勝数達成
100勝 2012/12/27 小田原競輪