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湘南バンク 平塚競輪
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平塚競輪TOP平塚所属選手紹介梶山 大輔

平塚所属選手紹介

梶山 大輔(カジヤマ ダイスケ)

ニックネーム だいすけ
級班 A級3班
生年月日 1974年10月10日
血液型 O型
星座 天秤座
身長 173.0cm
体重 65.0kg
胸囲 90.0cm
太股 57.0cm
背筋力 120.0kg
肺活量 5000cc
脚質
師匠 鈴木 了 (神奈川・25期)
KEIRIN.JP 選手データ

梶山 大輔 選手 インタビュー!

さくら:7月から平塚競輪の開催指導員になられたそうですね。

梶山選手:そうなんです。まだ1回しか開催はないですが、その時は失格落車なく無事に終わりました。

さくら:地元の競輪場を走れなくなるのは寂しくないですか?

梶山選手:そうですね、寂しい部分はあるけど…。開催指導員になりたいと思って、2月が最後の平塚斡旋だったんですけど、その時はやっぱり気持ちが入り過ぎちゃって、頑張り過ぎて2日目の夜にしんどくなっちゃいました(笑)それでも決勝まで勝ち上がって、決勝も3着でよかったですね。

さくら:競輪選手を目指した理由はなんですか?

梶山選手:元々父親が息子を競輪選手にしたかったらしく、小さい頃からよく競輪場には来ていました。10歳年上の兄が先に選手になって、そして僕も。選手になりたいって思ったというよりは、「あぁ、選手になるんだなぁ」という感じでしたね。

さくら:デビューして23年。苦しいことも多かったとおもいますが。

梶山選手:いや23年本当にあっという間で。すごく楽しかったなあ。大きな怪我もないし、僕苦しいことはすぐ忘れちゃうから…本当に楽しくてあっという間でした。

さくら:長く選手を続けると後輩もたくさん出てきたと思いますが、アドバイスしたりしますか?

梶山選手:僕ね、何でもいいんです。フレームだって20何年前に師匠に見てもらって以来ほぼ変えてないくらいだし(笑)。だから特に言うことはないけど、唯一、勇星(川越勇星・111期)にだけ、青森で一緒になった時に「2周つっぱれ!」って厳しく言ったかな。でも本当にそれくらい。

さくら:そうなんですね。結果はワンツー決まりました?

梶山選手:いや僕の方が脚いっぱいになっちゃって(笑)。間に入られちゃって1着3着だったよ。

(ここで近くにいた柴田健選手がいらっしゃって…)

柴田健選手:梶山さんはね、すごく素質のある人なんだよ。選手の素質は平塚イチだからね。

梶山選手:そうそう昔血液の検査をしてもらった時に「ある意味血液は室伏広治より上」って言われたからね(笑)

さくら:すごいじゃないですか!(笑)

梶山選手:いやいや恥ずかしかったよ~。血液が良くてもね…昔から緊張しちゃって。開催中の3泊4日ご飯全然食べられなかったもんね。今でこそ抜き方を覚えてご飯も食べられるようになって。それでちょっと太っちゃったけど。

さくら:これからの目標や何歳まで選手をやりたいなど決めていることはありますか?

梶山選手:最低4年。下の息子が今高校1年生だから。子どもができた時から、この子達が二十歳になるまで頑張るって決めて今までやってきたからね。

さくら:息子さんたちの存在が梶山選手のパワーになっているんですね。

梶山選手:これ見て(とご自身の自転車を指す。フレームの両側に二人の息子さんの名前が)。いつも競走の時「見ててくれよ~。父ちゃん走るからな~」って思いながら走るんだ。子離れできてないって言われるかもしれないけど、本当に子どもたちのことが大好きでね。前に人づてに、俺が競走に行って怪我しないかとか息子が心配してくれてたことや「父ちゃんのこと世界一すきだ」って言ってくれてたのを知って、本当に嬉しかったんだ。

さくら:素敵ですね。もし、息子さんが競輪選手になりたいって言ったらどうしますか。

梶山選手:それはどうしよう。俺どうするかなあ。兄のレースも転ばないかとか心配で見るのしんどかったくらいだから、息子のレースなんて、考えられないなあ。もし落車とかしちゃったらと思うと…俺が耐えられないんじゃないかなあ。

さくら:父ちゃん自分の競走どころじゃなくなっちゃいますね。

梶山選手:そうだね、だからそんな日が来るまで考えないようにして、自分の競走を頑張るよ!血液は室伏広治より上だからね!

開催指導員とはざっくりいうと出場選手と審判の間に立ち、開催が円滑に進むよう気を配る役回りと聞いています。自身も選手でありながら時に選手を説得する立場になるなど、なかなか誰でもできる役職ではないと思いますが、梶山選手の物腰のやわらかさ、その人柄に触れて、きっと人から愛される方なのだろうと感じました。

でも穏やかな雰囲気の中にも、家族や仲間への熱い強い気持ちが垣間見えました。その力が梶原選手の原動力となり、23年という年月、脚を回し続けたのだと思います。

子煩悩で素敵な梶原選手、ぜひバンクで応援しましょう!

インタビュアー:木三原さくら

節目勝数達成
100勝 2007/04/27 いわき平競輪